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松江家庭裁判所 昭和39年(少)726号 決定 1964年4月21日

少年 I(昭二一・四・二八生)

主文

この事件について少年を保護処分に付さない。

理由

(一)  少年は幼少虚弱で身体の発育が悪く精神発達も遅れ、小学においても学業の成績が悪く時折癇癪を起し、弟をいじめることもあつたが、概して孤独的な無口な大人しい子供と評されていた。ところが中学に進学してから順次劣等感を抱くようになり二年頃から怠学が目立ち、自宅から無断で金品を持出して消費したり、近所の子供や実父と口論した折など発作性の興奮から刃物を振りまわすようなことがあつたが、昭和三七年二月一日、小学校六年生の坂○敏○(当時一二年)から悪口を言われたことに興奮し、切出ナイフで同児の背部を突き刺し殺害しようとした。右保護事件の審理の結果、少年は間脳性てんかん兼精神薄弱児であることが判明し、同年三月九日京都医療少年院に送致され、少年は右少年院における入院期間は依然として無口、内向的で鈍重な生活態度であつたが爆発的興奮も発することなく作業態度も素直で熱心なところから昭和三八年五月二八日仮退院となり実父母のもとに帰つて母と共に農業に従事していた。一方実父伊○茂○(明治四四年七月一二日生)は屋根瓦職として働いていたが、酒好きで短気で、特に少年に対しては常々暴力的制裁を加えることが多かつたため、少年は平常より実父に対して不満、反感の感情を抱いており、父子間には愛情的関係は極めて乏しかつた。

(二)  ところが、昭和三九年○月○○日午前八時三〇分頃、江津市大字○○××××番地の自宅台所において、初午の祭に行くため少年が母に小遣銭をねだつていたところ、実父がこれをみつけて叱り付けたが却つて少年は反抗的態度をとつた。実父はこれを激昂して手拳にて少年の顔面を殴打したため、少年は興奮の余り発作を起し激情の赴くままに炊事場戸棚の中より刃渡二〇糎の庖丁を取り出し、実父茂○の腹部を狙つて一回突き刺し、それがため同月○日午後一一時四五分頃江津市大字○○○国○病院内において外傷性腹膜炎のため死亡した。

(三)  ところで少年は間脳性てんかん病者であつて、平素周囲から刺激を受けない時は比較的に精神安定状態にあるが、一旦情緒的安定を乱すような刺激が加わる時には大脳の器質障害のため、容易に衝動的な興奮を発し、てんかん性発作となつて、本人としては激情を止めることができない状態に陥る。少年の判示所為はかかる状態下になされたものと認められるから、刑法第三九条第一項にいう心神喪失者の行為であるが、保護処分は刑罰とは異り、非行に対する制裁ではないのであるから、少年法第三条第一項第一号の「罪を犯した少年」に該当するものと解するが相当であると思料する。

(四)  しかし、少年に対する処遇は、少年の前示精神的欠缺及びその危険性からして、社会より隔離した上で医学的処置により間脳性てんかんの治療をなすのが相当であるところ、現在少年に対しては島根県知事において精神衛生法第二九条により指定の精神病院に強制入院させる手筈となつており、この際少年を医療少年院に送致すべき相当性及び他の少年法所定の保護処分に付する相当性も認められない。

従つて、少年法第二三条第二項により主文のとおり決定する。

(裁判官 山口和男)

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